記事の内容
恋愛も結婚もうまく行かなかった根本的な理由
一生愛し、愛される人と暮らしたいとずっと思いながら、何十年も恋愛と失恋を繰り返してました。愛の定義が間違ってたら、どんなに恋愛してもうまく行かないのって当たり前・・・だったと思います。そもそも私たち日本人ってこういう話を両親とか先生から教えてもらうどころか、恋人同志でも話したりしない。すっごく根本的なことなのに!
2014年から2020年の間、倭のタントラというクラスを開催して、愛とセクシャリティについていろいろ語ってきました。そしてやっぱり、愛って何なのか?ってところに多くの人がズレや勘違いをしていて、そのままで進めば努力すればするほど、うまく行かないのだと気がつきました。もちろん一つの正しい答えなどはないのですが、私にとっては、ものすごく重要な気づきから、本当に幸せな関係に行き着くことができたその経緯をお話ししたいと思います。
初恋をした時から、心から愛する人と一生幸せに過ごすことが夢でした。失恋をするたびに、失恋は死別より辛いと考えていました。
結婚も2度しましたが、いずれも6年くらいで終末を迎え、当たり前かもですが、彼氏と別れるより、ずっと面倒で大変な思いをしました。
50も近づいたその時のこと、わたしはやっとやっと気がついたのです。
え・・・もしかして愛というものを、勘違いしていただけだったのか?
びっくりです。本当にびっくりです。
恋愛も結婚もうまくいくのがゴールでしょう!?
私のそれまでの恋愛や結婚のゴールは、2人の関係が長続きするように、うまく活かせること。だと思っていたのです。
つまり、違う2人が一緒になるには、お互いが本当に理解しあい、理想のパートナーにお互いが変わっていくことだと思っていました。
でも、実際には、自分が色々変わろうと努力しても、なかなか根本は変わるものではなく、
相手に変わってもらおうと主張することのほうがメインになってくる・・・。
わたしが全てのパートナーとやり続けていたこと・・・それは
『部屋を散らかさないで欲しい』
『言葉遣いに気をつけて欲しい』
『もっとちゃんと稼い欲しい』
『親離れして欲しい』
『お酒に飲まれないで』
『セックスレスは耐えられない』
『お母さんに対する態度が許せない』
『子供が欲しいとか言わないで』
つまり・・・相手の欠点を指摘して、直してくれないと怒ってる
良いことだけを認め、悪いところは指摘しまくる。
まあ、類は友を呼ぶので、お互いですよね。
向こうは向こうで、この全部に対して、反対の意見があるわけで・・・
『自分の部屋くらい、好きにさせて欲しい』
『もっと一緒に出かけて欲しい』
『子供を産んで欲しい』
『スピ系の仕事はやめて欲しい』
『他の男と飲みに行かないで欲しい』
だってね・・・・。わたしが見る限り、夫婦とか恋人ってこんなものだと思っていたのですよ。
いい時は良いけど、合わない所がいっぱいあって、それを時間をかけて、ちゃんと話して理解して、解決していけば良い。
いつか彼も変わってくれるに違いないと思っていた。
愛の定義って何なのだろう?
この時の私は、愛って理解しあうという本当の意味がわかっていなかったのだと思う。
理解って・・・
相手に自分のことをわかってもらって、相手も同じように考えたりとか
自分が相手のことをわかってあげて、自分も相手と同じような考え方が出るようになることじゃあなかった。
まったく違う2人が、まったく違う意見を持っていたとき、『なるほどそれが彼の見方なんだな』『なるほどそれが彼女の見方なんだな』
ただそこには、2つの違うモノの見方があるだけで、そこに良いも悪いもない。
そう。愛って、良いも悪いもないと、今その状況をただ、見つめることなのだと思った。
もし、愛って、『良いも悪いもない』だとしたら、これは愛じゃなくて、ただのコントロールじゃない!
相手を所有して、自分の思い通りに動かそうって思ってる、コントロール。
では、すべてを許すのが愛?
でも、どう考えても、自分の方が正しいと思うことってあるじゃない?
例えば、相手は、結婚していても他に好きな人が出来てしまったとか
毎晩自分と子供を置き去りにして飲み歩いてるとか
しかしながら、向こうは向こうできっと正しいのね
家に帰って、自分と時間を過ごすより、何かの理由で外で過ごすことを
選びたい気持ちがあるわけね。
そこにはただ、事実しかなくて、良いも悪いもなくて
ただ、自分にとっては愉快なことか不愉快なことが起こっているかはあるだろうけど。
もしかすると、彼が今出会った好きな人こそ、彼にとって人生の最高のパートナーだとしたら、向こうのドラマのシナリオとしては、自分がいつまでも恨み辛みをぶつけてくる悪妻になってるかも!
ならば、全てを受け入れて、許すのが愛?
その答えは、YESでもあり、NOでもあり・・・
起こっている事実が何のためなのか?その本当の意味を見ればかならず答えはそこにあるはず。
もともと、恋愛も結婚も、絶対にうまく生かせることがゴールになっていたら、そもそもそこに大きなコンフリクトがあると思うのです。
だって、私たちがどんな理由で、その大切なパートナーと出会って、何を学ぶべきだったかなんて、出会った当初には、絶対に見えない理由があるわけで、その本当の意味を見ようとせずに、2人がうまくいくことだけに必死になっても私たちは幸せにはなって行かないと思うのです。
愛には正しいも間違ってるも、良いも悪いも、なくて、
ただ、その人が、今、経験しているそのプロセスを、そのままで見てあげること。
そして、それが自分にとって受け入れられるものではないなら、手放すことも含めて愛なのかなと思うのです。
そして深く考えてみると、それが、自分自身への許しなのだなと。
開き直りが、本当の自分を認めた瞬間だった
それに気がついたときに・・・今のパートナーが現れたんです。
・・・というのは、ちょっと嘘ですね。そんなにスコンと目覚めたわけではありませんでした。
冒頭に書いたように、初恋をした時から、心から愛する人と一生幸せに過ごすことが夢でした。失恋をするたびに、失恋は死別より辛いと考えていました。
でも、2度目に離婚したときのこと。
もういいや。一生誰かと愛し合うなんてこと自体、考えるのをやめよう。
今が50歳。なら、5年に一人換算で、100歳まで10人でいいじゃんか!と開き直ったその時なんです。
これ、何が起こったかわかります?
この開き直りって、実は、わたしがありのままの自分を認めた瞬間なんですよね。
わたしは2度も離婚したダメな女だ・・・でも
何をやっても長続きしない・・・でもないし
わたしは一人の男性を愛し続けることは出来ない・・でもないし。
そして、自分で自分を慰めたわけでもなく、
本気でそう思って、心からウキウキして、
今まで一度も複数の人とお付き合いしたことなんてなかったのに
いっきに3人もボーイフレンド作って・・・・
その彼らにも『わたしはもう誰にもコミットしないって決めてますから』と
堂々と話して、人生を楽しんでたんです。
これがわたしにとって、本当に大切なことだったんです。(この時は)
なぜなら、それまでの私の恋愛・結婚観をまず全て覆す必要があったからなんですね。
結婚しなきゃ、若くて綺麗なうちに、選ばれなきゃ・・の焦り
はじめて結婚したのは、25歳の時だったのだけど、この時、女は年を1つとるたびに、値打ちが下がる・・・って父に言われて、早くしなきゃ!って思ってた。
不倫とか浮気とか、そういう嘘は絶対許さないって思ってたし
誰と付き合っても、『これが最後の人になりますように・・・・』って心の底から願ってた。いや、さらにいえば『また別れたらどうしよう』とも。恐怖と、執着と、焦燥感がベース。これで愛が育つわけなどなかったのでした。
子供を産まないと、女としての人生を全うしてないの?との焦り
30歳で離婚して、NYに行ってからは、散々自由な独身生活を楽しんで、自分らしい人生を始めた・・・と思い込んでいたのですが、来たんですね・・・またこの焦り(!)40歳になった頃・・・私このまま1人で良いんだろうか?子供を産まなくて良いんだろうか?
そしたら、やたら子持ちの夫婦や、可愛い子供達が目につき始めて・・・しまいには、インドでは子供を産まなかった女性はガンジス川に流されることを許されないらしい・・・みたいな記事読んで、『え・・・私ってもしかして女としての人生を全うしてないの?』みたいな(笑)
ビザの心配もあって、一緒に住んでいた彼(アメリカン人と)結婚したのだけど、5年くらいで同じパターンで別れることになってしまいました。
愛することー実は毎日が手放しだった
ありのままの自分を認め、ありのままの相手を認める
そして、わたしがありのままの自分を認めたとき、
相手もありのままで認めることが初めて出来るようになった。
もちろんだけど、気に入らないことは嫌だと言えば良いし
相手だって嫌なことは嫌と言ってもらえば良い。
それを変えることが、自分にも必要だと思うなら、
喜んで変われば良いし
それを変えることが、自分の人生に反するなら
相手とって嫌なことでも、続けなければならない。
今日帰ってきてくれた大切な人に、ただ感謝をする
相手に自分よりもっと好きな人ができたなら
それは相手にとって素晴らしいことだし
それを祝福すれば、自分にはもっと素晴らしい人が
現れるに違いない。
愛って別に、頑張って我慢して一緒にいることじゃない。
愛を持って手放せば良い。
そうすると、本当に一緒にいるべき人しか残らない。
心から信じる、愛に1つだけ必要なこと。
それは手放し。毎日手放し。
期待を手放し、コントロールを手放し、執着を手放し、相手が今日もまた帰ってきてくれたことをただ感謝する。
これだけなんだなと。
愛し方を知らずにだれかを愛そうとしても相手を傷つけてしまうだけ。
-ティク・ナット・ハン
























